[ 宮本亞門 特別インタビュー ]
コロナ禍の今だからこそ、
お葬式の価値を見つめなおす。

[ 宮本亞門 特別インタビュー ]コロナ禍の今だからこそ、お葬式の価値を見つめなおす。
左から: 葬祭プロデューサー 金澤和央、演出家 宮本亞門さん

コロナ禍のなかで、大切な人を見送るお葬式は否応なしに小規模化傾向へ流れる。『小規模=簡素』ではなく、お葬式の文化をより豊かにしていくためには、今後どのようにしたらよいのか?
今回は、類い稀なる感性と表現力をあわせ持った世界的な演出家である宮本亞門さんを迎え、日比谷花壇の葬祭プロデューサーである金澤和央が「コロナの先にあるこれからのお葬式のあるべき姿」を聞いた。

日比谷花壇で語る、宮本亞門さん

コロナ禍をつうじて変わる、人付き合いや人間関係

――― コロナ禍のなかで人と接触する機会が減少し、人付き合いや人間関係の質に変化が生じています。宮本さんは、関係性の変化についてどのようなことをお感じになりますか?

仕事ではデンマークやドイツのオペラなど、次々と舞台が中止になりました。人と人とが分断せざるを得ない、距離を保たなくてはいけない状況ではあります。ただ、いま公演している舞台では、お客様の熱というか、想いがすごくて、出演者がその熱を感じ取って舞台の上で泣いてしまうんですよ。人間には五感六感があって、人を求める想いが物凄く高まっているというのも事実だと思うんですよね。
これは少し話が違うけれど、9 . 11のときに、僕はニューヨークにいたんです。その3ヶ月後にまたニューヨークを訪れたのですが、セントラルパークを歩いていると、知らない人たちが「ハーイ、ハロー」と皆で声を掛け合っていた。「ニューヨークって、ここまでフレンドリーだったかな?」と思ったのですが、つまり、人が人を求めたんですね。コロナ禍が終息したときには、同じことが起こるかもしれない。
イタリアのルネサンス(※1)では、辛い時代を経たことで、それまでの悲惨な絵画から、幼児キリストを抱く聖母マリアの絵画のように「人間味」が溢れる絵がどっと広がるわけですよね。

演出家 宮本亞門×日比谷花壇 葬祭プロデューサー金澤和央 インタビュー「コロナ禍をつうじて変わる、人付き合いや人間関係」

コロナの自粛期間を経て、僕たちも地に足を着けてものを考えるようになったのではないでしょうか。「自分にとって仕事とはなんだろう?」「どれほど家族と一緒にいられてありがたいか」とか。そんなこと、この巨大なブレーキがなければ、改めて考えられなかったと思うんです。人間関係に関する価値観も変わってきて、いままでだったらこの人と話していたら自分に利益があるかどうかで友達をつくっていたりしていたものが、そうではなくて、人としてみる、「人」対「人」としての関係性になってきていると感じます。僕はそれをすごく楽しみにしているというのが正直なところです。いまは辛い時期ですが、人と人とがもっと心で繋がるきっかけになるだろうと固く信じています。
※1 ペストの流行や飢餓、戦争などにより社会全体が危機的状況に陥った時代の再生・復興運動。

いままで経験したお葬式の印象とは?

――― 宮本さんは若い頃にお母様を亡くされ、お葬式をされたご経験があるとうかがっています。ご家族の立場でお葬式を執り行い、どのような記憶や印象が残っていらっしゃいますか?

母は突然、僕が出演していた舞台の初日の朝に亡くなりました。だから、とにかく慌てて葬式の準備をしたわけですよ。病院で亡くなった瞬間から、とにかく段取り段取りで。その段取りだけで、もう何をしたか覚えていない。僕は舞台をやりながらだったので大変で、とにかく「こなさなきゃ」っていう思いでしたね。
正直、一番寂しかったのは、うちのお葬式に長い列で100人以上の方々たちが参列してくださっていたのですが、その多くはほとんど会ったことがないような方々でした。父と僕で「お兄ちゃんの仕事関係の方々なんだろうね」と話していたのですが、そのときの寂しさたるや。本当に母とお別れをしたかった人もきっといてくださったとは思うのですが、そちらの人数に気をとられてしまうくらい、人数の割合が違ったんです。僕は本当に母との別れをしみじみと思った瞬間さえなかった。
だから、お葬式というのは、その人と向かい合うことができなくさせていくものなのかな、と僕は思っていたんです(笑)あえて、泣いている暇をなくさせるのがお葬式なんじゃないかと。それが、当時の僕の第一印象です。

お葬式をもっと豊かな時間にするうえで、大切なこととは?

――― お葬式の時間をもっと心豊かな時間にしていくために、お葬式はどんな意味のある時間にすべきだったと思いますか?
死生観も含め、葬儀の意義についてお話をお聞かせください。

演出家 宮本亞門×日比谷花壇 葬祭プロデューサー金澤和央 インタビュー「お葬式をもっと豊かな時間にするうえで、大切なこととは?」

そのお話に関して、最近読んだ「与論島」の本がおもしろかったですよ。関西のあるお医者さんが与論島にいったお話で、癌などの病気の末期の人たちを診ていたんです。最期が近づく場面で、患者の皆さんは「家に帰らせてください」と先生に気持ちを訴えられて、家族も「本人が言っているのだから、よろしくお願いします」と。そして、家に帰って2週間後に、皆さん大体亡くなる。そのときに、何が素晴らしいって2週間の間に、亡くなる本人から家族に「ありがとう」という言葉を言えたということなんですよね。「私は幸せでよかった、ありがとうね」と。病院ってやっぱりお医者さんもいるし、皆の前でありがとうの交流がしにくい場所なんですね。まして、コロナ禍の病院では面会もできないわけですが。僕も死ぬときに「ありがとう」と言いたいな、という気持ちがあります。そうすると、受け取った人の次の生き方が見えてくると思うんですよね。その想いをもらって、次にいけるんだって。このバトンタッチの時間がとても大切な時間だと思っています。
「人」と「人」が中心のこの時間、忘れかけてしまっていた大切な時間を、もっともっと大切にしていくべきだと思います。
それから、自分が舞台をやっているので、人の人生の終わりって自分が主役の舞台を演じきった瞬間だと思っているんですよ。幕が閉じるまで、皆が精いっぱい傷つき、孤独を感じ、あるときは悲しみ、またあるときは喜びっていうふうに、いろいろなことを経験しながら一生を終えていく舞台です。

演出家 宮本亞門×日比谷花壇 葬祭プロデューサー金澤和央 インタビュー「死んだ瞬間に全員が拍手喝采。素晴らしかった、よくぞ生きた!と祝福したい」

僕が大好きな映画のひとつに『旅芸人の記録』というギリシャ映画があって、最後に主役の老優が死ぬのですが、死んだ瞬間に全員が拍手喝采するんです。「素晴らしかった、よくぞ生きた!」と祝福しているんですね。
人生をまっとうしたことを褒め讃える。これが、とても良かった。これを観たときに、最期の瞬間には大きな役割があるなと思いました。
日本人って、生きているときに互いになかなか褒められないじゃないですか。照れちゃったりしますよね。最期くらいは、皆さんが本当に相手と向かい合える時間を提供してあげないと、という意味でも、むしろ日本人にはもっと必要なんじゃないかなと思いますね。

お葬式にお花を飾ることの価値はどこにあるのか?
そして、演出家の考える理想のお葬式とは?

――― 日比谷花壇ではお花で美しく送るお葬式のお手伝いをしています。お葬式にお花を飾って演出することは、どのような価値がもたらされると思いますか?
理想のお葬式演出に関してお考えを教えてください。

今回のお話をいただいたときに、まず最初に思ったのが「日比谷花壇の花があったら、母がどんなに喜んだだろうなぁ」と。今日、呼ばれたからじゃないですよ(笑)「日比谷花壇の花が一番いい」と、生前母が言っていたのです。
日本のお葬式のなかでは祭壇に「生花」を使っているということはすごいと思うんですよ。アジアの方でもいつくかお葬式にでたことがありますが、華やかで勢いがあって、祭りのように飾る伝統があるようですが、造花が多いですよね。
生花であるってことは『生きていて、いまこそ花開いているもの』ですから。それはね、僕は完全に八百万の精神だと思うんですよ。生きているからこそ、すべてに魂がある。魂がある花たちが祝福して送り出す、という感じが生花の素晴らしさだと思います。

演出家 宮本亞門×日比谷花壇 葬祭プロデューサー金澤和央 インタビュー「お葬式にお花を飾ることの価値はどこにあるのか? そして、演出家の考える理想のお葬式とは?」

さらに、照明などを仕込み、自然とすーっと気持ちをいざなう空間にしていくといいかもしれませんね。心を本当に穏やかにさせていく、ここはちょっと外とは違う空間として聖域をつくっていくというか。自分も想像しない瞬間にわぁーって泣いたり、なんだかわからないけど自分が嗚咽してしまう、思い出に蓋がされていたものが全部蘇ってきたりとか、その瞬間をいざなってあげる空間にしていくこと。実際に、日比谷花壇さんのその人らしさの個性を引き出している葬儀の事例写真をみさせていただくと、そうした演出をしっかりされていると思います。

――― 今回は、コロナでお葬式の価値を改めて見つめ直し、『もっと人と向き合い、人に優しい時間にしていけるはずだ』という大きなメッセージをいただきました。花と共に、悲しみだけではなく笑顔が生まれるお葬式を実現できるように、今後とも頑張ってまいります。本日は誠にありがとうございました。

[ 関連リンク ]
お花あふれるお葬式 by HIBIYA-KADAN


宮本 亞門(みやもと あもん)
1958年1月4日生まれ。2004年東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて「太平洋序 曲」を上演、同作はトニー賞4部門でのノミネートを果たす。ミュージカルのみならず、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎等、 ジャンルを越える演出家として、国内・海外で精力的に活動。 2020年、「上を向いて歩こう」プロジェクトを展開。


金澤 和央(かなざわ かずお)
1981年7月29日生まれ。早稲田大学卒業後、新卒入社した2004年より日比谷花壇の新規事業部である葬儀事業の立ち上げに参画。今日まで16年間、葬祭プロデューサーとして現場責任者を担う。多くの家族葬をプロデュースする他、永六輔様、水木しげる様、山本KID様、モンキー・パンチ様ら多くの著名人のお別れの会や社葬も担当。


お花あふれるお葬式 スペシャル企画 「演出家 宮本亞門×日比谷花壇 葬祭プロデューサー金澤和央 インタビュー」

Photographer : Kenichi Aikawa
Writer : Midori Nomura

この記事を書いた人

お花あふれるお葬式
 
お花あふれるお葬式(株式会社日比谷花壇)
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