[ 父の終活と母の形見 ] Vol.2
思い出あふれる空き家

父の終活と母の形見 Vol.2 空き家

この『父の終活と母の形見』では、娘の立場から、父がおこなっている終活と、心臓の病で2年前に突如この世を去った母がのこしてくれた遺品について、それぞれお話をしていきたいと思います。終活といっても、何を整理するかは家庭によって様々かと思います。このコラムで綴るお話はあくまで我が家の一例ですが、このコラムをつうじて「これはやっといた方がいいな」「そこを整理しておかないと子供が困るのか」といった、皆様の終活への助力や興味につながれば幸いです。


決断が難しい、空き家問題

父はもともと堅実な性格の人で、これまでも自分がいなくなった後のことをまったく考えていなかったわけではありません。しかし、母が病で急逝してからというもの、ひとりになったことでより積極的に終活を意識するようになったように思います。今回は、そんな父の終活のなかから、大きな課題のひとつである「空き家」についてお話します。これはまだ現在進行系の終活で、どのようにするか結論には至っていません。
住居は誰にとっても一生涯必要なものですが、どの場所に暮らすかによって、家という建物自体の存在価値は変わります。しかし、家をどのように取り扱うかによって財産が大きく動くことからも、簡単には決断が難しい問題といえます。

家族の風景がいきづく「家」

海と山に囲まれた自然豊かな田舎町に、昔、私たち家族が住んでいた家があります。白い壁に瓦屋根の二階建て一軒家で、日当たりが良く、芝生が茂る広い庭と縁側がありました。窓を開け放つと、清々しい風が部屋のなかを通り抜ける気持ちの良い家でした。
家を購入した当時の父は三十代半ばで、一家の大黒柱として懸命に働き、妻と子供三人を養っていました。美しい自然に囲まれたその土地を気に入り、一生懸命に貯めた貯金を頭金にして念願の戸建を購入しました。

住みはじめてしばらくして、当時小学生だった私の兄が子犬を拾ってきました。隠れて子供部屋で飼いはじめましたが、夜中にクンクンと鳴く声に気付いた母に見つかり、子犬は我が家の家族になりました。全身真っ白の毛に覆われた犬で、ロッキーと名付けられました。

植物が好きだった両親は、庭に桃の木と梅の木を植えました。年々どちらも大きく育ち、毎年のように花を咲かせ、実をつけました。家庭菜園が好きだった父と母は、気付くと何かを庭に植えていました。苺を植えたことがあり、それも美味しそうに実をつけましたが、ロッキーが甘い香りにいち早く気付き食べていました。

数年ののち、今度は私が近所の公園に捨てられていた子猫を家に持ち帰りました。父も母も呆れ果てましたが、ほかに行くあてもない子猫を放り出すこともできず、また家族が増えました。わんぱくな白黒柄の猫で、ゲンキと名付けました。

そうして、新しい家族も増え、十数年ほど家族みんなで賑やかに暮らしました。時が経ち、私たち子供は成長して家を出て、父と母も父の仕事の都合で、また引っ越さなければならなくなりました。引っ越した先で、母は急逝しました。父はひとりになり、今は私たち子供の家の近くに住んでいます。思い出がたくさん詰まった田舎町の家には、誰もいなくなりました。

空き家となった我が家

家族が去り、そのあと別の家族に家をお貸しすることもありましたが、月日は流れ、いまは誰も住まない完全な空き家になっています。トイレやお風呂場などの水回りは劣化し、リフォームしなければ人が住める状態ではありません。しかし、父は家の様子をみに、年に数回この家を訪れます。家の中の空気を入れ替え、庭の手入れをし、ご近所の方にご挨拶してまわります。

いまとなっては古びた家でも、父にとっては若かりし頃に覚悟して購入したかけがえのない家です。家を維持するために税金やら何やらお金がかかるとしても、父にとっての心の拠り所であることに変わりはなく、家族の大切な思い出が詰まった特別な場所です。

しかし、もう住むことがないのなら、いずれ売却することを決断しなければならなくなるでしょう。家を壊して更地にして売るか、リフォームして売るか。もしくは、子供に残すという選択肢もありますが、私や兄が田舎に戻り、その家に住むのかというと、その確率はあまり高いとはいえません。皆、それぞれの場所で家族や仕事をもっているからです。結論は父に委ねていますが、いずれにせよ選択肢はそう多くはありません。

「どうするのが良いのだろうね」と、父と私は一緒にお茶を啜りながら世間話でもするように、この家の話をします。大事な話だからこそ、日頃からよく話題にでてきます。いくら考えたところで、決断するのはそう簡単なことではないからでしょう。

残されるご家族の状況にあった選択を

物はただの物ではなく、そこには大切な想いが宿っています。空き家問題などと最近はよく耳にしますが、売りに出せない背景には、そのご家族の歴史が絡んでいるからかもしれません。
空き家となった私たちの家を父がどうするのかは、まだわかりませんが、段階を経て、今後の行方が決まっていくことでしょう。しかし、父が何を選択するにせよ、その決断の根底には家族への愛情があることに疑いの余地はありません。

「こうするのが正しい」という正解は、おそらく終活にはありません。ご家庭によって、その答えは多様にあります。残されるご家族のことを思いやり、整理していくなかで、きっとその答えは見えてくるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

ライター / プランナー 
野村みどり(ノムラ ミドリ)
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